真夜中の洗濯機

長期記憶にするための覚え書き

ああ言えばこう言う、こう言えばそう言う

先日、淀川の花火大会があった。

行かなかったけど、帰りの時間と偶然ぶつかり、想像よりもずっと多くの人が足を運んでいたことを知ってびっくりした。浴衣姿の人とたくさんすれ違う。最後に浴衣着たのっていつだっけなぁと一瞬考えた。思い出せないくらい昔だった。

こちらの人は『淀花』と略すことをあとで知る。関西の人はなにかと略すのが好きなのだな。

来年は人が少ないところで、少しだけでもいいから見てみたい。

 

夏っぽいプレイリストを作った。かなりお気に入り。

組んでみて、自分が夏の日中よりも夏の夜が好きだということに気づく。夜っぽい曲がまぁ多い。無意識に入れてるんだろうな。

夏の本質は夜にあると思うのです。

心地よくぬるい気温で、夜ふかしをするのがいちばん楽しい季節。公園でアイス食べたりビール飲んだりするのが楽しい。

日も短くなってきて、そろそろ終わってしまいそうな気配を感じる。今年は特に暑くて大変だったけど、いざ終わるとなると毎年変わらず寂しいのはなんでだろうね。冬よりも夏のほうが寂しい。

 

オキニ喫煙所で見かけたKANGOLのベレー帽をかぶった女性の姿に秋を感じた。

昔からずっとあの形が好き。自分が被りたいというよりかは、被っている人を見るとテンションがあがるやつ。ボブ×KANGOLのベレー帽の組み合わせは間違いなく最強である。

 

わたしはつくづく会話劇が好きなのだなあ、と『リコリス・リコイル』を一気見していて思った。こだわりがあるぶん、好き嫌いもだんだん自分の中でハッキリしてきた。

漫画/アニメ、映画/ドラマでそれぞれしっくりくる会話のテンポや話し方は違う。漫画/アニメの中での会話は多少硬くても違和感なく読めるし観られるけれど、映画/ドラマにおいては「言葉のチョイスや流れが硬い、生っぽくない、生身の人間の言葉としてはちょっと不自然かも」と感じると途端にそれがノイズになってしまう気がしている。わたしの価値観の中では。最近いろいろな作品を観ていてハッキリしてきたことのひとつがこれだ。

でも、自分に合わないからといってよくないわけではない。ただ合わなかっただけ。そう割り切るとちょっと楽になる。Filmarksで評価が高かった映画を観てピンとこなくても、悲しくならなくていい。

あと、恋愛を美しいものだと思っていた時期が極端に短いせいで(おかげ、でもあるけれど)恋愛を美しく描く作品にイマイチのめり込めないのが悲しい。

ただ、『初恋の悪魔』の「わたしの思い出はわたしだけのものじゃない、それがうれしい」という台詞にはあまりにも思い当たる節ががありすぎて、泣いてしまった。これは恋人に限らず友達に対してもそう。誰かと思い出を共有できることはとてつもなく尊いことだ。そのあとに続くセリフが、生活の何気ない様子を一粒ずつ丁寧に掬い上げていくようなもので、余計にボロボロ泣いた。わたしがこの先もずっと大事にしていきたいものが詰まっていた。

去年の夏は状況も状況だったので、意図的に人と会わないようにしていて、それが結構しんどかったから余計そう思う。意外とひとりが寂しいタイプなんですか?と自分自身に問いかけてみたりもした。

仕事はしんどいけど、周りは楽しいものであふれていて、にぎやかでうれしい。また本をぐんぐん読めるようになってきたのもうれしい。

きょうは眠剤なくてもいけそう。YouTubeを流しながら寝る。