真夜中の洗濯機

日々の記録

思い出せないあの曲のタイトル

朝起きて横たわりながら、ぼんやりした意識の中でもradikoアプリを起動して、タイムフリーで前の日のラジオを聞いている。毎日このルーティンをやっている。紛れもなく執念だと思う。

ラジオに取り憑かれた女。なんて幸せなことだろう。まだ全然元気だし負けてない。

 

若ちゃんがannkwで『みんなの忘れたニュースBOT』の話をほぼぴったり1年ぶりにしていてうれしかった。話を聞いて改めてその存在を思い出したので、ホーム画面をしばらく遡る。正直なところ毎日は見ない。

つい1ヶ月前の話がすごく遠い昔のように感じられてゾッとする。見るたび新鮮にそう思う。

この数ヶ月、簡単に言うと色んな人にめちゃくちゃ裏切られるみたいなことが立て続けに起きてつらかったんだけど、こういうふうに物事を俯瞰で見ているようなツール?をじっと眺めると、自然と心が凪いで冷静になれる。気がする。

おんなじ話って何度でもしていいと思ってる。なんでかというと忘れたくない出来事を思い出すきっかけになり得るから。

ブログにも何度も同じ話書いてて、少し前までは気づくたびに「あっ忘れちゃってたな」って落ち込んでたけど、最近は開き直っているというか、そういうもんじゃね?と思うようになった。変に自分に期待しなくなったというか。

日々いろんな情報に当たっているわたしたちは、自分たちが想像しているよりもずっと簡単にものごとを忘れてしまう。その事実を知っている(受け入れている)のと知らない(受け入れていない)のとではまた話が変わってくんじゃねえかな?って最近考えてる。

 

同時に、はじめてBOTの話を聞いたライブのとき見た風景も思い出される。

その日は夕陽がすごいきれいで、マジックアワーそのものって感じの景色が広がってて、下北まで向かう足取りがやけに軽かった。

ふとしたきっかけによって、複数の記憶が芋づる式にこんにちはしてくる。こんにちは。そしてまたしばしのさようなら。その一連の動作はきっと何度でも繰り返す。生きている間ずっと。