真夜中の洗濯機

長期記憶にするための覚え書き

変わり出す、回り出す

電車で目の前にいたカップルがお互いにしなだれかかるようにして眠っていて、クリムトの『接吻』みたいな姿勢になってて良いなあと思った。全然やりたくはない。が、昔やっていた気もする。恵比寿あたりで。価値観って知らぬ間に変わっているもんなんだな。

西宮を通り過ぎたので、すかさず『冒険でしょでしょ?』を聴いた。生田〜新百合ヶ丘を通り過ぎて『パズル』を聴いていた夏ごろの様子とリンクする。十数年前に観て、人格形成に大きく影響を与えてくれたアニメの舞台のすぐそばで生きていたし、いまも生きている。人生は不思議なもんだ。

価値観は変わるけど、趣味はそうそう変わるもんでもない。

谷川流って西宮出身なんだっけ。忘れてたなあ。こんど散歩してみたいな、と思いながら通過して、大阪に帰った。

 

こないだプロントで食べたナポリタンの下に薄い卵が引いてあるのがすごくおいしくて、さっそく冷凍ナポリタンを買ってきて真似した。めちゃくちゃおいしい。天才だ、と思った。溶き卵を薄ーく伸ばしてうまく焼くコツはサラダ油をケチらないこと。適当に言ってるので本当かどうかはわかりません。

すっかりハマったのでしばらく食べ続けそうな予感。オムライス、オムそば、とんぺい焼きなど、卵にくるまれている何か的な料理を好きになる率が異様に高い。あー、それにしても美味しかったな。最近食べたものの中でトップレベルに美味しかったかも。

落ち込んでるときに食べたので、余計に印象に残った。

 

最近はU-NEXTで『花束みたいな恋をした』を観ている。それはもう、ひたすら繰り返し観ている。やっぱり出会いからのはじめて家に行って、焼きおにぎりを食べて、劇場版ガスタンクを観ながら寝落ちするくだりだったり、デート→ファミレス→付き合う流れがあんまりにも美しくて、その部分だけやたらビビッドに見えるくらい大好きだ。ここだけ何度も繰り返し観てしまう。好きなものを共有しあって共感しあう歓びが画面にあふれていると思う。あと、深夜に散歩しているときの背徳感と高揚感であるとか、カラオケ屋に見えないカラオケ屋できのこ帝国をデュエットしているときのキラキラとしたときめきもセットになってあふれている。今にもこぼれ落ちそう。全部のせ丼。激・うれしい楽しい大好き状態なわけですよ。つくづくドリカムって偉大だな。

観ながら、どこからボタンを掛け違えてしまったのかなあというのも探り続けている。

ひとつ考えたのは、時間の流れにはどうしても抗えないこと。慣れとか飽きるとか冷めるとか、ひとに向けるべきではないひどく残酷な感情だけど、一緒に生活を共にするにはふたりはあまりにも若すぎたし、余裕がなかったし、マイナス要素がやや多かったので、そりゃ慣れや飽きや冷める気持ちってどんどん加速するよな〜と俯瞰で観ながら考えた。一緒に暮らさなければもう少し恋を延命できたんじゃないかなぁ、パーティーを続けられたんじゃないかなぁ、などとつい余計なお世話な感情が湧いてきてしまう。生活とそこに流れる時間と付随する煩わしさは、他人との距離と気持ちをバグらせる格好のツールになり得る。まさにそれで相手とダメになった経験を思い出して、少しだけ息が苦しくなった。

適切な距離ってやっぱり大事だ。なぜなら、彼氏彼女の関係はいちばん近くて最も遠い他人であるから。

最近、別居婚週末婚に興味がある。