真夜中の洗濯機

長期記憶にするための覚え書き

花束みたいな源をした(好きがつながりつづいていく希望について)

祭りのあとの余韻が未だに続いていて、ツイートを貼り付けてこの記事をスクラップブック状態にすることでなんとか平静を取り戻しつつある。ツイート貼り付けるのはめんどくさいけど好き。ひと手間を挟むことで、よりずっと覚えていられる気がするから。PC開かなきゃいけないからすげえめんどくさいけど。

 

まずはシンプルに、大好きで心から尊敬しているひと同士が心を通わせているさまがとにかくうれしい。こんなに心躍ることは生きていてなかなかないと思う。

「好きすぎて自分が作ったと思ってる曲がある」なんて、グチャグチャに煮詰まっているタイプのオタクのムーブではないか。好きなひとが、好きなひとの表現したものに触れて、それに心揺さぶられるあまりおかしな方向に舵を切りながら進んでいる。なんて眩しくておもしろくて、飛び上がるほどにうれしい光景なんだろうか。これが現実だなんてほんと、いまでも夢みたいだ。

 

というのはもちろんなんだけど、もうひとつうれしかったことがある。

2017年のツアー『Continues』の記憶が蘇ってきて、あのときに観た景色や感じたことと確かにつながったな、と思えた。それがとてもうれしかった。

rockinon.com

自ら「イエローミュージック」を標榜し、細野晴臣およびYMOへのリスペクトを日頃から公言している星野源は、このツアーの1曲目に、ハリー細野&ティン・パン・アレーYMOがカバーした、マーティン・デニーインストゥルメンタル曲“Firecracker”を選んだ。しかも自身がマリンバを演奏して。この選曲からしてすでに、「Continues」というコンセプトは明確に示されていた。偉大な先人の音に衝撃を受け、それが遺伝子のように自らの表現に刻み込まれていき、さらにその誰かが生んだ音楽を聴いた人が、また新たな音楽を生み出していく……音楽は有史以来、そうしてずっと続いてきたのだということ──。

このときの体験は今でも色濃く頭の中に残っている。素晴らしい表現が及ぼした影響が、いろんなところに波のように広がって、新しい影響をもたらしていくのだ。好きな気持ちは、表現から得た感動は、ずっとつづいていく。その大きな輪の中に自分も入れてもらえたような気がした。

 

星野源さんは好きなものと自分自身、または自分の好きなもの同士をつなげることに非常に長けているひとだと思っていて、その輪の中に大好きな若林正恭さんが仲間入りしてくれた。

また若林正恭さんも、前も書いたけど自分だけの特別な秘密基地をつくるのにとても長けているひとだと思っていて、その秘密基地メンバーに大好きな星野源さんが仲間入りしてくれた。

なんかもうこの事実だけで、両手で抱えきれないくらいの花束をもらったみたいな気分になれる。

 

社会の『普通』のものさしで測られ続け、あるときは後ろ指を刺され続けてきたからこそ、ぐじゅぐじゅとしたままで噴き出すふたりのトーク。聞いていたら、時間が一瞬で過ぎていった。永遠に続いてほしいと願ってしまった。

激レアさんのことについて『変わってると言われてる人が変わっているまま、何も解決せずに帰れるのが目標』と言ってくれた若林正恭さんの言葉を、お守りみたいに握ってこれからも過ごしていきたい。「普通」「変わっている」という言葉を嫌というほど浴びせられても、それに負けじと行動してきたひとだからこそ出てくる言葉。その強度と重みは量らなくても伝わってくる。

常々思うけど、痛みをきちんと知っているひとの話を聞くと荒んだ心がスーッと落ち着く。自分が痛い思いをして経験を積んできたからこそ、人の痛みもわかってくれている。そしてものごとを捉える解像度が異様に高い。ハッとさせられるし、自分はもしかして加害者側になってはいないだろうか?と自問自答させられる瞬間もたくさんある。

痛みを分かち合って、弱い部分もお互い晒し合って、ゆるく認め合う。共感し合う。星野源さんが言っていたように、ときには違う部分も見つけて面白がってみる。それってものすごく強いことの証なんじゃないだろうか。いろんなノイズに惑わされず、時にはもがき苦しみ山手通りを絶叫しながらも生きてきた人たち特有の強さに、終始食らいっぱなしだった。

いろんなラジオを聞いてきたけど、はじめて抱く感情に終始揺さぶられた2時間だったように思う。

あの夜こそまさに希望だった。『どうも希望でーす!』というフレーズが頭をよぎる。

 

いろいろ御託を並べてみたものの、このセッション以上の言葉は見つからないし見つける気もない。なぜならこれがあの夜の集大成でありすべてだから。どうにかして本編もアーカイブで残してほしいけれど、若林正恭さんが言うところの『命を燃やした』瞬間というのは残らないからこそ美しいのかな、残すのはもはや野暮なのかな、と思ったりする。

星野源さんのアレンジと、若林正恭さんがドトールタリーズでしたためたリリックが、深夜のラジオブースで静かに爆ぜながら重なっていく。素晴らしい以外の表現ができないのがもどかしいし悔しいくらいだ。

個人的には『同じ周波数のムジナ』というお馴染みのフレーズもサンプリングしてくれているのに泣きそうになってしまった。

 

早すぎず遅すぎない、ちょうどいいタイミングで邂逅したふたり。

スピリチュアルの類にはあまり興味がないけれど、これは偶然じゃなくて必然なんだろうな、そうであってほしいな、と願わずにはいられない。そんな夜だった。こういうふうにイノセントでいられる夜をずっとずっと探してる。だからまたラジオを聞いて、文章を書きたくなってしまうのだ。

深夜の街を照らすラジオブースの光の中には、夢中になれる、イノセントな無我夢中でいられる瞬間がたくさん詰まっている。わたしはいつでもそう信じている。