真夜中の洗濯機

長期記憶にするための覚え書き

ちゃんと君が確かめてよ

きのうよりド派手な雨だったけどなんとかコインランドリーに行けた。もうこの事実だけで今日はあがったみたいなもん。今日っつーか昨日だけどな。孤高のコインランドラー、雨にも負けませんでした。

しかも、めずらしく店内にほぼ人がいない。すなわち回っている様子が見放題状態。1年通っててはじめての出来事だった。嬉しくなって、グルングルン回る洗濯機と乾燥機を交互に眺める。ときおり本も読んだ。

洗濯機のほうは、序盤の泡がモコモコになる段階がいちばん楽しい。あとはずっとガタガタするだけだし動きが早すぎてよく見えん。すぐ飽きた。乾燥機のほうは、普段は罪悪感からあんまり見られない他人の洗濯物もなんかまじまじ見ちゃった。誰にも会わない休みを過ごしているので、他人の生活に飢えているのかもしれない。

コインランドリーにいるととにかく心が凪いでいって、落ち着く。また引っ越すときはコインランドリーの近所に住みたい。

仕上がりたての洗濯物を抱えながら、ずっと取りに行ってないクリーニングの存在を急に思い出した。明日がんばってみるか。

 

午後はたまーに行くカフェで本を読むことにした。メルマガに『客入りが少ない』と書かれていたので心配して覗くと、そこそこ繁盛していてホッとする。平日の様子とならしたらトントンか、あるいは…って感じなのかもだけど。それでも安心した。

普段は頼まないチャイティーラテが美味しい。なんでこんなに美味しく感じるんだろう?チャイって昔は飲まず嫌いというか、そもそも選択肢にすら入れてなかったけど、ここ数年で少しずつ気になって飲む頻度が増えてきた。家でもおいしく淹れられるのかな。コーヒーよりも好きかもしんないな。シナモンの風味がたまらんな。

頭の中でそんなことをボヤきながら、尾崎世界観『祐介・字慰』を読み終える。

予想遥かに超える痛さと汚さ。ここまでグッチャグチャだとは。読んでて若干の吐き気がこみ上げてくる小説ってなかなかないけど、そういう作品に限って強烈に覚えてたりする。人間の脳の構造ってのは皮肉なもんだ。

エッセイを2冊読んで、"怒り"をある種のエネルギーとして動く人なのかな、とはなんとなく想像していたものの、まさかここまでとは。チャイティーラテを飲む手も止まり、しばし絶句。

クリープハイプの曲の根っこに手突っ込んだら、こういう臓物が出てきそうだなぁ、というずっしりとした納得感はあった。それこそ、点と点が線でつながっていくような。

 

確定した公共料金(払込期日が2日ほど過ぎている)を支払いにコンビニに行ったら、レジを打ってくれた店員さんのネイルが蛍光ピンクでかわいかった。わたしは対みたいな真っ青のネイルにしていたので、同じくかわいいなって思われていたら嬉しい。よーく見ると先っちょ剥げてたかなぁ、とか、爪を眺めつつちょっと恥ずかしくなったりもする。

ちなみに男性だったんだけど、男性の爪の方が塗れる面積が広いぶん色が映えて羨ましい。あと、相手が女性だったらここに書きたいと思った?ほんとに?とも自分自身に投げかけてみる。己が形成してきた価値観を疑うのは結構しんどい。でも、定期点検で目を背けず見続けるのが習慣になったら、なんか変えられるんじゃないかなぁ、とほのかな希望を抱きつつ寝る。