真夜中の洗濯機

長期記憶にするための覚え書き

ゆらり街がゆがむ

ラーメン食べた直後、記憶が飛んだ。生まれてはじめての体験。

ほとんどサウナ状態の店内で麺をすすってたからか、楽しみにとっておいた豚半分を無事に食べられたかどうしても思い出せない。帰り道で地味にハラハラする。謎ハラハラ。

食べられないわけないんです。いつもちょうどいい量なんです。心の中で静かに問いかける。おやっさん…助手さん…わたし、豚ちゃんと食べてましたか…?

スープは確かにけっこうな量飲んでて、ということはたぶん豚も食べたんだけど、記憶がすっぽり抜け落ちてしまったのはどうしてなんだ。

夏の陽炎にさらわれたわたしの豚。

尋常でないくらい汗かいたので、あのあと水風呂入ってたらととのってたのかもな。お腹いっぱいだからキツいかな。

 

トマト缶をうまく開けられないとき、孤独が身に沁みる。誰かいたら『ねえ、ちょっとこれ開けて〜』って言えるのに、隣には誰もいない。

でも人といたらいたで煩わしく感じて、ひとりになりたいなと思っちゃうんだよな。ないものねだり。隣の芝が青すぎる人生。

3ヶ月くらい前に買ったトマト缶で鶏肉とブロッコリーと玉ねぎを煮る。ここ最近のブロッコリーの異様な登板率よ。つぼみのひとつひとつがちっさい森みたいで怖くて、むかしは食べられなかったブロッコリー。和解できてよかったと思う。

 

半身浴しながら本読むとちょっと健康になれる気がして最近やってる。尾崎世界観『苦汁100% ストロング』を読んでる。そろそろ終わりそう。

好きな人が書く文章と、好きな文章を書く人って近いようで全然違うよね。ただ、文章だけで誰かを好きになることは全然ある。それこそTwitterとかマッチングアプリで文章のトーンや温度感が合う人は大体リアルでも波長が合うんよな。逆はお察しください。

かと言って文章の相性のよさでハードル上げすぎてもうまくいかないので、塩梅が難しい。

ずっとインターネットで生きているから、文章から感じる相性とか違和感を察知するアンテナはかなり磨かれてきたと思う。数少ない特技のひとつ。なんかこんな感じのこと前も書いた気がするけどまぁいいや。わたしの中では大事なことなので何回も言います。

 

なんか。あー。野暮なこと考えたり言ったり書いたりしなくてももういいやって、本人たちの声を聞いて妙に安心した。ラジオがあってよかった。そんだけ。

できることなら未来永劫続いてくれ。