真夜中の洗濯機

長期記憶にするための覚え書き

ペペロンチーノ・キャンディ

約1年前のブログにて『ずっと不織布マスクをしていたい』と綴っている当時のわたしに、教えてあげたいことがある。

マスクは確かに落ち着くけれど、ずっとつけていると肌が荒れるし、夏は暑くて布のマスクをつけることになるし、それを洗うのがめんどくさくて1週間ためる。マスクに慣れてしまったせいかマスク無しだと赤面してしまって人と話しにくくなるし、マスクに引っ掛けてイヤーカフを2個なくすハメになります。ひとことで言うと、常用するには不便だぞ。

たまにつけるからいいんだよな。二郎食べたあとのニンニク臭も軽減できるし。便利。

顔の半分を布に覆われたまま過ごす生活がはじまってもう1年なのか…と狐につままれたような気分になるし、顔半分を隠した人たちが蠢く街の中にいると、見慣れた景色の中にいても『ここはどこだろう』とたまに思うことがある。

ここはどこで、わたしたちはどこに向かっていくんだろう。

 

とても好きだからこそ落ち込む出来事があった。

好きな人がしきりに言っている『とあるひとつの番組を好きになると、そのラジオのパーソナリティのことも無条件で好きになる』というフレーズが、今日一日頭の中をずっと漂っていた。

嫌いになれたらどんなに楽だろうか。そう簡単に嫌いにはなれないのだ。

しかし、推しがわたしのいちばん嫌いな『避妊をしない(嫌がる)男』だった、という事実だけがごろんと横たわっていて、思わず目を背けたくなるくらいグロテスクで辛い。今日は焚き火の音すらも聞く気になれない。

悲しいし苦しいけど、寝て新しい自分になりたい。寝ます。