真夜中の洗濯機

長期記憶にするための覚え書き

空気階段『anna』に勝手にもらった勇気

この一週間、ずっと頭から離れなかった配信ライブがある。空気階段の第4回目となる単独ライブ『anna』。

 

オンライン配信、公演当日を過ぎてもアーカイブ配信でどんどん良い評判が広がって、いろんな人(特に自分の好きな人たち)が言及してくれる様子を見られるのがすっごく楽しい。『マヂラブ寄席』のときも同じようなことを思った。

素晴らしい作品は、良い評判とともにたくさんの人に伝わる。反吐が出るようなニュースを打ち消すみたいに、波のようにインターネットの海に広がっていく。

 

どのコントも素晴らしく、観たあとはしばらく余韻が全身を駆け巡るものばかりだったのだけど、特にラストの長尺コント『anna』が凄まじく、ラジオを生活の真ん中に置いている人ならみんな夢中になっちゃうような作品だった。

もぐらさん扮する山崎くんと、かたまりさん扮する島田さんという、同じクラスだけど言葉を交わすこともなかった高校生のふたりが、とある深夜ラジオを通じて心を交わしていくストーリー。

 話の大枠がわかった瞬間、これは『明るい夜に出かけて』的な、わたしが大好きなやつじゃんか…という確信が持てた。そして、その確信は最後までブレなかった。

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『明るい夜に出かけて』を読んでから、ラジオを通じてひとの心が通じ合っていく作品にすこぶる弱い。ラジオが好き、という気持ちを中心に話が展開して、登場人物たちが躍動していくさまを見るたび、まるで自分の身にいいことが起こったときのように嬉しくなる。

 

同じラジオのリスナーであることにお互い気づいたあとの、番組ステッカーを見せ合う様子や、ネタメールやトークの内容で盛り上がる様子。側から見たらなぜ盛り上がっているのかさっぱり理解できないであろう、秘密の暗号のようなやり取り。

思わぬタイミングで、ひとと好きなものを共有できた瞬間の幸福感が痛いほど伝わってくる。なんという甘酸っぱさよ。しかもふたりを繋いだコンテンツが、普通はみんなが寝静まっている時間に繰り広げられるめちゃくちゃな内容の深夜ラジオなもんだから、なおさら目頭が熱くなってしまう。

暗号のやり取りをきっかけにして、徐々に交わっていくふたりの人生の様子はきらきら輝いていて眩しかった。

 

『胸からイカを焼いたときのような音が聞こえます』

『自転車で二人乗りをして、関越自動車道を走る夢を見ました』 

『今にも胸が張り裂けて、中から腸が飛び出し、生ゴミの日に捨ててしまいそうです』

 

 この文章は、島田さんへのほのかな恋心を自覚しつつある山崎くんが、お互いの好きなラジオこと『チャールズ宮城のこの時代この国に俺が生きてるからって勝手に勇気もらってんじゃないよラジオ』に投稿したメールの内容なのだけど、なんつー美しい日本語だよ…と脱帽しましたよね。思わず。山崎くんがこの『勇気ラジオ』の常連リスナーであることに深く納得できるような、鮮やかなパンチラインの連打に眩暈がした。

島田さんを想うときの心のざわめきを、『イカを焼いたときのような音』という絶妙な描写で表現してしまう圧倒的オシャレさ。嫉妬するわ!!!!!

 

その後、ふたりはお互いへの好意を自覚するものの、卒業式で告白するという目標はひょんなことから(本当に、誇張なしで謎な描写から)叶わなくなってしまい、別々の道を歩むことになる。

でも、またひょんなことから再会する。その間も『勇気ラジオ』はずっと続いていて、ふたりともリスナーのままで、空白の時間は毎週のラジオの話を経てすっかり元通りになっていく。

深夜の電波が紡ぐ、ゆるそうに見えて強固な繋がりの力を感じられる描写に、空気階段のおふたりへのラジオへの想いみたいなものを感じられて、勝手に勇気をもらったような気分になった。

 

そして、15年続いた『勇気ラジオ』は、番組終了のお知らせを告げる。

お知らせをきっかけに、ふたりは最終回終了後のTBSラジオに向かうため、タクシーで走り出すのだった。お互いの、『正直な気持ちを打ち明ける』という決意を一緒に乗せて。

好きなものの話、そこから展開していくお互いの事情の話、お父さんがやっている変なカフェの話、将来の夢の話、昨日のラジオのネタメールの話は『早っ』とツッコミが入るくらいまくし立てられるのに、正直な気持ちを打ち明けるのは『遅』くなってしまう不器用さがとにかく愛おしい。不器用だからこそ、ひとが寝静まるような時間のめちゃくちゃなお喋りに惹かれる者同士だったのかもしれない。

 

夢で逢いましょう。夢で、この15年間どうだったか、みんなで話しましょうよ』

と、チャールズ宮城が語ったあとに流れる『夢で逢えたら』。

現実の空気階段のおふたり(特にもぐらさん)ともリンクする部分に、涙がブワッと溢れる。

あと余談ですが、個人的事情でもこの曲にある思い出があるので超食らいました。*1

夢で逢えたら

夢で逢えたら

  • provided courtesy of iTunes

 

『チャールズ宮城のこの時代この国に俺が生きてるからって勝手に勇気もらってんじゃないよラジオ』という名前の通り、ふたりの人生の縦軸としてずっと存在し続け、勝手に勇気を与え続けた『ラジオ』という存在。

いちラジオリスナーのわたしも、この作品を経て自分の中での『ラジオ』という存在の大きさに改めて対峙し、大切に深く抱きしめたい気持ちでいっぱいになった。

 

『明るい夜に出かけて』文庫版に掲載されている、朝井リョウさんの解説文の一節をお借りすると、

著者が本当に好きなものから得た要素で構成される物語世界には、本人がそう意識していなくとも、特別にやわらかい輝きが宿っていると私は感じる。

言葉にするのが難しいのだが、その小説の中にいるうちは、現実を生きているときには感じづらい、人間の幸福だとか、生きることへの肯定感だとか、そういうものを純粋に信じたくなるのだ。

人生から滲み出るほのかな光を閉じ込めた宝箱の蓋を開けるような気持ちになる。

 まさにこの通りだ。

朝井リョウさんが『明るい夜に出かけて』の著者、佐藤多佳子さんの作品に抱いたこの想いは、わたしが空気階段のコントに抱いた想いとぴったりマッチしている。

このコントに限らず、はみ出していても、ちょっと変でもいいじゃん、という優しい肯定、好きなもの(ラジオ)に対するやわらかい輝きを感じて、一筋の光みたいだな、と心底思う。

各コントに出てくる『ちょっとはみ出した人たち』が、深夜の電波で同じように繋がっている様子をしっかり描いてくれたのも、めちゃめちゃ嬉しかった。

 

文字に起こしただけで、言葉にしがたい充足感で全身が満たされている。

『anna』がダントツ好きだったけれど、ほかのコントの中だと『銀次郎24』が好きです。くだらないのにギミックが凝っていてアホほど笑った。

『勃起をすると森ビルになるんです』というフレーズ、Tシャツにして身に付けたいくらい好き。

 

こういう作品も、配信があったからこそ出会えたわけで、オンライン配信のありがたみをひしひしと感じる。

リアルタイムでは紅茶を飲みながら観て、アーカイブは土曜日の夜に酒ガバガバ飲みながら観た。いろいろ不自由なこともあるけれど、こういう楽しみを見つけられたことは純粋に良かったなあと思う。

様変わりした生活の中で、またひとつ勝手に勇気をもらえたような気がした。

*1:元彼が銀杏好きで、カーステで死ぬほど聴かされていた記憶が強烈にフラッシュバックしました。私情にも程があるけれども、銀杏ってある一定の世代の惚れた腫れたの思い出のどっかに絶対引っかかってるよなあと。偏見…でもないと思うんよな。すごい存在です