真夜中の洗濯機

長期記憶にするための覚え書き

夜になっても開かない扉

LINE依存がとにかくひどい。ここ近年ずっとひどい。去年の5月ごろ、「ちょっと治ったかも」などと書いたけれども、ものの見事に再発した感じがする。依存に完治はない。

同時進行で5人くらいと連絡を取っていないと、とにかく不安でしょうがない。生理前なんて特にひどい。自分で生み出した情緒のジェットコースターに、自分で飲まれて酔って鬱になって夜な夜な泣いている。

でも、このひどい躁鬱を和らげるために飲んでいた低容量ピルを、タバコと天秤にかけた結果やめているので世話ねえなと我ながら思う。

どうしてこんなに不安で不安定で、己を大事にできないんだろう。

 

たまに職場で「あのひとは躁鬱だから許してあげて」と言われるが、そんなんわたしもそうですけど、なんとか押し殺して頑張って働いてますけど、とデカい声で叫びたくなるときがある。わたしはわたしを(社会という公の場では)まともに見せるために必死こいているのですが。そこで生まれた歪みでおかしくなっている節もあるのですが。

 

ひとり暮らしをしはじめてから、ますますLINE依存がひどくなった。ひどく寂しがりだという自覚が、20代の折り返し地点に来たところでやっとこさ生まれた。遅ない?

友達登録しているだいたいの公式アカウントの、投稿時間を把握している。例えば、映画ナタリーだったらお昼の12時30分過ぎ。お笑いナタリーだったら夜の21時過ぎ。ナタリーばっかフォローしているようでいて、実は「プレジデント」も読むのが好きで友達登録している。朝の8時過ぎ。ただし土日はその限りではない。みたいな。なので、この時間を外した場合は友達ないし好きな人からの連絡だということになる。業務時間中は会社の人からLINEで諸連絡がくるので、これもその限りではない。

独特の通知音に、近年ずっと振り回され続けながら生きている。いまも、あああの人から連絡きたら嬉しいのにな、と思う人が3人くらいいるし、そういう人が連絡をくれたことはこれまでの人生の中で一度たりとも無い。

 

どこでこの執着が発動したのか?と遡ってみると、めちゃくちゃ好きだった(今ではどこが好きだったのか一切わからない)人とのやり取りが原因だ、ということに気づく。とにかくその人とのLINEを繋ぎ続けるのに四苦八苦していたら、いつの間にかこうなっていた。学生のころ、既読未読無視クイーンとして名を馳せていた(それはそれで問題だが)わたしは、あっという間にLINEの奴隷として地べたを這いずりまわるようになっていた。

とにかく連絡を返してくれない。せいぜい続いて2ラリーが関の山だ。思い返すと完全に舐められてたし、わたしの好意に胡座をかいていたのが丸わかりだ。でもたぶんそこが好きだった。

 

過去好きだった人によって負った傷を埋めるために、返信が早い男性とどんどんやり取りを重ねていく。やり取りが続くと達成感が生まれる。楽しい。でも数回会うともうダメ。になるパターンが圧倒的に多い。ダメにしているのはわたしかもしれないし、向こうかもしれないけれど、それを確認する手段はもうない。ので、自己肯定感が低いわたしは自分をとにかく責めることしかできない。心の持っていき方がわからない。

 

今年は、今まで知り合って気配が消えていったひとに垢バレする年にしたいな、と現段階では思っている。これって心が疲れてるのだろうか?

それとも、きのう好きな人の臓物の煮凝りみたいな文章をまた読んだから、どこか触発されているのかな。わたしのこれも、限りなく臓物に近いと思う。

憂鬱なのと、気圧の変化からくるのか頭痛がひどくて、まったく眠れないので書いた。布団に入って1時間は経ったけどちっとも眠れない。やるべきことがたくさんあって、毎日ちょっとずつ負債になって溜まっていってる。

いま心がダメでも、明日はちゃんとまともなフリをするから許してほしい。

ああ、実家に帰りたい。帰って川のほとりで、大きくなった鴨を眺めてボーッとしたい。

 

思えば今年一発目の更新なのにめちゃくちゃ暗くてウケてしまう。でも、今年はぐちゃぐちゃなところもなるべく記録していくことに決めた。去年からだけど、今年は余計に。

誰かへの復讐なのかもしれないですね。記録することって。