真夜中の洗濯機

長期記憶にするための覚え書き

Creepy Nuts One Man Live「かつて天才だった俺たちへ」日本武道館公演

もう1ヶ月以上経ったんですね。信じられんなあ。

あの日からずっと夢の中にいるみたいにフワフワしている。

日々の忙しなさに飲まれて、まるで川を流れる石みたいに思い出がどんどん削られているのだけど、完全に削られきって無くなってしまう前にいろいろ書き留めておきたかった。

書き留めておかねば、という謎の使命感に駆られた、と言った方が正しいかもしれない。自分の今後の人生の糧にするために、ぐじゅぐじゅの気持ちそのままを書く。

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まずはやっぱり、改めて思った。これ。

わたしにとってのライブはしんどいことから逃れるためのシェルターであると同時に、大好きな音楽に新しい色を乗せるための場所なんだなと心底痛感したんすよね。

開演前の高揚感とか、新しくなった武道館のすげえキレイなお手洗いとか、いつの間にかできてた謎売店とか、時計台の前に人が群がってる懐かしい感じとか、アリーナに敷かれてる学校の式典ライクなグリーンの布久々に見たなあって想いとか、みんな声は出せなくても各々踊ったり手挙げたりして思い思いに楽しんでいる様子とか、いろんな色を乗っけられたと同時に、解像度がより上がった気さえした。

 

テークエムさんが言っていた「現代人が病んでいるのは、現代人が弱いわけではなくて、人の心が弱くなるシステムになっている」という言葉の通りで、いろんなものが便利になって可視化されすぎたせいで生まれた歪みに苦しむ人がたくさんいる。わたしも苦しい。毎日苦しいなあクソしんどいなあと思うことだらけだ。このご時世だから、尚更。

そういう世の中だからこそ、ヒップホップが/表現が生き続ける意義があるし、リスナーはいつだって音楽が/表現が放つ光に守られているし助けられている。日々を生きるためのガソリンをもらっている。かけがえのない場所だし、これからも絶対失いたくない場所だなあと。

やっぱね、生が一番なんすよ。美谷朱里さんもそう言ってたしな。(佐野すの子a.k.a.あかりんず)

 

ヒップホップは、人生そのものである。

それを自らの身をもって体現しているふたりがとにかく眩しくて、めちゃくちゃカッコよくて、スポットライトを浴びながら1曲目の『スポットライト』を歌っている姿を見た途端にあふれる涙を止められなくなった。

あと、スポットライト、いらねえじゃんとも思った。当たってない瞬間だってずっと強烈に光ってるじゃんか、羨ましいぜコノヤロー、とも。

 「(武道館の客席が)円型なのがグッとくる」というRさんの言葉に、ああそうだよなあ、と妙に納得してしまった。大阪と新潟の地でそれぞれの武器を手に入れ出会ったふたりが、台風の目みたいに中心に立ちはじめて、円がどんどんデカくなっていって、ついに武道館まで辿り着いたのだ。なんてドラマチックなシンデレラストーリーだろうかと、ふたりがこれまで歩んできたであろう道程をわかる限り全部思い出して、赤の他人にも関わらず自分ごとのように、本人と同じくらいの熱量で感動していた。

シラフで酔狂

シラフで酔狂

  • provided courtesy of iTunes

 だだっ広い会場で聴く『シラフで酔狂』、気持ち良さがエゲツなかったすね。

 

大勢の人の前で自分を開くっていう行為ができて、めちゃめちゃ俺は幸せやなと思います。

ヒップホップに出会う前は、自分が何なんか?というか、自分が何を考えている生命体なんやろ?というのが全然わからないままなんとなく生きてきたんですけど。

ヒップホップに出会って、自分のことを書く、自分の気持ちを歌うんやってなってから、時には追い詰められそうな向き合い方とかしちゃうんですけど。でも、そのおかげでここにおるというか。

俺はほんまにこいつ(ヒップホップ)に生かされているなと思います。

ヒップホップのおもろいところは、俺がずっと俺の話をしている。頭からケツまで。俺が自分の話だけ。それをずっとしてるのを、全然違う人生を歩んできたみんなが見てくれて、勝手に重ねてくれるとこ。これが俺、ヒップホップの大好きなとこなんですよ。

なぜ、赤の他人であるはずのふたりの人生にそこまで心揺さぶられているのか。

それは上記のRさんのMCの通りで、2人の人生に自分の人生を勝手に重ね、骨の髄まで共感しまくったままここまで辿り着いたからに他ならない。

 

たりないふたり

たりないふたり

  • Creepy Nuts(R-指定&DJ松永)
  • ヒップホップ
  • ¥255
  • provided courtesy of iTunes

自分たちの「たりない」部分を皮肉るところから走り出したふたりが、時を経て変化していくさまをこの目でしっかり見つめていられる幸せたるや。

日常の苦しさを、味わってきた挫折を、人の目ばっか気にして誰かと比較ばかりしてしまう自意識を、全部解き放とうぜ、今からだってなんでもできる。勘違いしたって全然ええやろ、と鼓舞するまでに進化している姿が、確かにそこにあった。自分のことも、リスナーのことも、真っ直ぐ応援している。


Creepy Nuts / かつて天才だった俺たちへ【MV】

武道館ライブを経てから、イントロのドアが開くようなSEによりワクワクするようになった。なんでもできるじゃん、という気に、確かになってくる。いい意味でまっさらに勘違いするための、前に進むための翼みたいな曲だ。

 

武道館公演後のラジオ、びっくりするくらい多くの人がこの武道館ライブのことに触れていたのもものすごく嬉しくて何度も聞き直してしまった。同じ周波数のムジナ、もれなく社会不適合者の集い。

ふたりのことをラジオで知って、ラジオで大好きになった身として感慨深さを感じずにはいられなかった。深夜の電波が結んでくれるゆるい繋がりに、つくづく元気と勇気をもらった1年だったように思う。

 

ぐじゅぐじゅのまんまを全部晒して、生きてきてくれてありがとう。同じ時代に生まれてこられて本当によかった。

そんな大袈裟すぎるほどの感情を抱えながらよふかしせざるを得なかったあの一夜を糧にして、これからもクソな雑音を己で蹴散らしていくぞ、と改めて決意した。