真夜中の洗濯機

長期記憶にするための覚え書き

広告のない街

広告の少ない電車に毎日揺られる。駅も、心なしか広告が減ったように思う。ご時世柄仕方ないことだとは理解していても、こういう些細なところから「まだ普通の生活には戻れていないんだな」ということが伺い知れてしまい落ち込む。ジメジメした季節は、心までジメジメとカビ臭くされてしまって苦手だ。街をつめたい靄が覆っているようで、はやく梅雨が明けないかなあと始まったそばから毎年のように願っている。

 

そんな生活の中で、外飲みに飢えるあまり「路上で缶ビールを開け、コンビニで買ったホットスナックをつまみに飲みながら散歩をする」という限界技を編み出した。お行儀悪いかもだけど、これが非常に楽しい。リモートドラマ「Living」で永山兄弟がコロッケを揚げている姿を見てからサクサクのコロッケが食べたくて仕方なかったのだけれど、どこのコンビニを探してもコロッケが売り切れていたのでハムカツで我慢した。美味しかった。次はコロッケで飲みたい。

路上でホットスナックを頬張り、缶ビールで流し込みつつ、友達と電話しながら散歩する。帰り道にちょうどいい外飲みスポットを発見できたのが嬉しかった。今週もまたあの場所で飲もうかな。実際、わたしと同じ発想の人はたくさんいて、みんなロング缶片手にごく少数の友達と話していたり電話をしたりしていた。ひとりではない、と実感できたことも同じくらい嬉しかった。

ぬるい夜風は次第に雨の気配に変わり、空から粒が落ちてくる前に帰りの電車に乗り込んだ。

ひさしぶりに外で人と話しながら飲む金麦は、ちょっと泣いてしまいそうなくらい美味しかった。あの日見た景色とか、ビル街から差し込む靄のかかったネオンの光とか、忘れたくないのでここに記しておく。

 

「記憶をなくすほど飲んだことを相手に申告する」というのは、ともすれば「あなたと過ごした時間のことはまったく、もしくは断片的にしか覚えていませんよ」と申告するのとイコールなのでは?と最近気づいて反省している。本当にここ1週間くらいでやっと気づいたんです。我ながら人間レベルの低さに驚くばかりです。

せっかく声をかけてもらえて楽しく飲んでいても、わたしが潰れて〆がグダグダになってしまうことが本当に多かった。申し訳ない気持ちでいっぱいだし、それでもまだ一緒に飲んでくれるひとがいることに感謝しかない。当たり前のことほど当たり前ではない。

21歳くらいのころから言ってるんですけど、「酒は飲んでも飲まれるな」という言葉の重みが歳を重ねるごとに分かってくる。

適量を楽しく飲みましょう。

 

土日は安定の引きこもり、大麻パーティーより酷いラジオことタダバカを聞いて過ごす。ラジオクラウドに過去回がぜんぶ上がっているので、深夜に移行した回から少しずつ消化しています。先週のトチ狂いぶりが異常だったので『今週はまあ普通に終わるんだろうな』と思っていたところ、後半10分の巻き返しが半端なくてひっくり返ってしまった(クソデカ表現)

びっくりするほど低俗だし、登場人物の情緒が全員めちゃくちゃなのに、愛おしいのはどうしてだろうか。

 

エビ中の質問動画で質問を取り上げてもらえて、思わず舞い上がってしまいました。ここ最近で一番よかったことだなこれ。

りかちゃんはお母さんがつくるキャベツと玉子のお味噌汁が相変わらず好きだそうで、暖かい気持ちになった。5年前と変わらぬ回答。癒しをありがとう推しメン。ずっと愛しています。

 

最近よく聴く曲。

クリープハイプの新譜が聴けて助かる。


クリープハイプ - 「およそさん」 (MUSIC VIDEO)

 
思い出野郎Aチーム / 独りの夜は(Demo) 【Official Audio】

 

after laughter

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Y/N

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RPG

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School Food Punishment、いつ聴いても新鮮に良い。大好きなバンドだし、生で観られなかったことを悔やんでいるバンドでもある。

ライブ、行けるときに行くべきなんだよな……失ってはじめて気づくありがたみ、生き続けている限り永遠に無くならないので困る。どうして失う前に気づけないんだろう。