真夜中の洗濯機

長期記憶にするための覚え書き

マッチングアプリで自己肯定感を叩き潰していた話

マッチングアプリを見ていると、のめり込みすぎて時間があっという間に経っていきませんか」と、精神科の先生に尋ねられたことがある。

あまりにもその通りだったので、わたしは「はい、ずっと見てしまいます」と答えるほかなかった。

すると「できれば止めて欲しいですが、それが無理なら見る頻度をなるべく減らして、ほかの楽しいことに時間を割くことはできませんか」とさらに尋ねられた。

その時のわたしには、「はい」と即答することはできなかった。

 

3年前にマッチングアプリをはじめて、彼氏や遊び相手としてたくさんの人と知り合った。周りのひとに勧めると「知らない人と会うの怖くない?」とよく言われるけれども、個人的にはリアルの友達よりTwitter経由で知り合った友達の方が多くて交流歴も長いので、まったく気にならない。

そもそも女子高→女子大ルートを歩んだおかげで青春時代に男性と接することがほぼなく、20歳を超えるまで彼氏がいたことが一切なかったので内心とても焦っていた。いま振り返ってみると、大学の頃とかに無理やりにでも遊んでおけばよかったなあと後悔の念が募る。思想を拗らせてからマッチングアプリにハマったせいでだいぶおかしな道を歩んできてしまった。もちろん上手に使えている人もいるはずなので個人差はありますが。

 

マッチングアプリの良いところでもあり怖いところは、『いいねがハッキリと可視化されるところ』だと個人的には思う。それこそTwitterとかでもも可視化されているけれど、マッチングアプリにおいてのそれは『恋愛対象として見られる』からこそ付ける「いいね」のはずなので、意味合いがちょっと変わってくる。わたしはそれを紛れもなく“承認”だと信じていた。朝起きてアプリを開いて、たくさんの人からいいねがついていると無性にホッとする。今まで男性に承認されてきたことがないぶん、とにかく自信がない状態からスタートしているわけで、「他にもかわいくて話が面白い子なんていっぱいいるんだろうな」と卑屈になりながらやっているのでいいねがきた時の反動というか喜びが人一倍デカい。承認されたくて、赦されたくて、1日に何度も何度もアプリを開いた。コミュニティなどに入り、マメにプロフィール文とひとことを更新し、『自分はこういう人間です』ということを最大限魅力的にアピールしようと躍起になっていた。好きだなあ、と思うひととやりとりが進んで、会う約束を取り付けられると素直に嬉しかった。

 

ただ、自信のなさと卑屈さが故にうまくいかないことが多々ある。一番うまくいかないことといえば、『他にもいい感じの子を何人もキープしているんだろうな』と疑心暗鬼になってしまい、LINEの返事が遅いととてつもなく不安になってしまうことだった。優先順位を下げられた、負けてしまった、と妄想がどんどんエスカレートしてしまう。マッチングアプリは壮大なゲームであり、ライバルがいっぱいいて、気を抜くとすぐに出し抜かれる。見えない敵と戦っているので、心がどんどんすり減る。最悪な言い方をすると、『また手札が減った』と思って、血眼で新たな手札を探しに行っていた。

裏を返せば、上記の手札のくだりのようにわたし自身が何人かと並行のやり取りをすることが多かったのでそう感じるだけのことなのですが。急に途切れることも、わざと途切れさせることもブロックすることも往々にしてある。縁がなかったなあと割り切れるひとと、どうしても諦めきれず追撃してしまうひとに分かれる。そしてわたしは大抵、自分に興味がないひとであればあるほどのめり込むし自分のことを好きになってくれるひとには大して興味を持てない。

興味を持ってくれないひとからは、だいたい雑に扱われる。既読無視は当たり前、会いたいと言ってもなかなか都合をつけてもらえない。やっと会えたと思ったら、わたしの後にほかの女とのアポを入れられたこともあった。それでもよかった。何故ならば好きだから。

元彼とも別れたこともあり、最近やっと少しだけ色恋沙汰から離れられるようになった自分を俯瞰で見つめてみたら、自己肯定感があり得ないほど下がっていることに気づいた。物理的な暴力こそふるわれたことはないけれど、心が想像よりもずっとダメになっていた。「自分はかわいくも面白くもないから、人よりもずっと頑張らないとダメなんだ」という脅迫にも似た思いをを何度も脳内で巡らせていたせいで、ちょっとやそっとのことでは己を認められない自我だけがまるで搾りカスのように残った。

自己肯定感が低いから、『いいね』に縋ってしまっている節があった。誰かに肯定されていないと立っていられない。あとLINE依存が信じられないくらいひどい。今でも。誰からもLINEが来ないと不安になってしまう。持病の発作みたいなものなので、最近少しずつ治ってきた気がするけれど。また再発してしまうのかなと不安にはなる。

いま思えば、付き合う人への依存もひどかった。おはようおやすみはもちろん、仕事が終わったあとにすぐLINEが来ないと不安でしょうがなかった。あまりにも返事が遅いときは電話をかけたりすることもあった。文字にしてみるとホラー以外の何者でもない。

 

マッチングアプリをやっているときは、いつもずっと焦燥感に駆られている。ぼんやりしていたら、ほかの女に素敵なひとを取られてしまう。だから時間を費やして自分からもいいねをたくさん押して、狩りをやっていかなければと半ば本気で信じ込んでいた。焦りながらやっているので、選択をミスったりちぐはぐな返事を送ってしまうことも多々ある。それでも“数を打たなきゃ、数を打たなきゃわたしなんて誰からも選んでもらえないんだ”という謎の恐怖と義務感に突き動かされて、たくさんの時間を割いてきた。

 

今はアプリを休んで、好きなものを観たり聴いたり読んだり書いたりすることに時間を割いている。ちょっと心が元気になったような気がする。

完全に個人的な見解だけれど、自分の心が弱っていたり欠陥だらけだったりするときには、本当に好きな人とはうまくいかないのではないか?と最近気づいてきた。いま、自分で自分を一切肯定できないのに、他人に肯定を求めたって望むような結果は得られない。あくまでも今、25歳のわたしは痛いほどそう感じている。未来のわたしは、もしかしたらそう感じていないかもしれない。そういう雑念に囚われなくてもいいくらい、素敵な出会いがあればいいなと願う。何よりも自分を好きになりたい。自分を肯定したい。少しずつでも自分を肯定していくために、最近は頭の中にイマジナリー・コウペンちゃんを棲まわせはじめた。

 

今はいったん、恋愛はいいや。まだわたしにはハードルが高かったみたいだ。

もしもいま先生に以前と同じことを尋ねられたら、「はい、アプリはすぐ止めます」と言えるような気がする。

自分で自分を少しでも認められるようになるまで、恋愛と依存をきちんと区別できるようになるまでは、ちょっと休もうと思う。