真夜中の洗濯機

長期記憶にするための覚え書き

イマジナリー好きな人さん

頭の中に、イマジナリー好きな人さんが棲んでいる。時に実物大、時には「南くんの恋人」くらいのサイズ感になって現れてくれる。自分の妄想の中なので、サイズ調整も自由自在。

仕事中以外の時間、たまに頭の中で会話をする。もっと具体的に言うと、握手会に行く想像などをする。この前も自分が言ったことに対して、イマジナリー好きな人さんが(妄想の中で)あまりにもいい返しをしてくれたもんだからちょっと涙が出た。駅前のコンビニの前で涙ぐんでた。心を病んでいるとかそういうのではないです。

思い返せば4年前、好きな人さんが好きすぎて頭がおかしかったころのわたしは、大量に握手券を買ってさんざん他愛もない話をしたあげく最後の回で堰を切ったように泣き出し「あなただけがわたしの生きがいです」と言い残す、という流れを毎回のようにやっていた。シンプルにあたおか。思い詰めすぎて変な方向に行かなくて良かった(行きかけてたけど)。そんなあたおかオタクに対しても決して表情をこわばらせず、ニコニコ笑顔を貫き続けてくれた好きな人さんは本当にプロ中のプロだと思う。そしてわたしは、好きな人さんに甘えすぎていたなと反省している。いまでもなお、好きな人さんはわたしの生きる理由であり希望の光なのには違いないけれど。

 

今日も在宅勤務を終え、夜からはSAKANAMONの生配信を観た。

内容としては、酒を飲むメンバー3人と一緒に映画「SAKANAMON THE MOVIE〜サカナモンは、なぜ売れないのか〜」を観るといったもの。

フェイクドキュメンタリーという体なので、途中に寸劇のようなものを挟みつつ、ステージの舞台裏をおさめた映像も織り交ぜた作品。普通に泥酔している姿とかもガンガン使われていて思わず笑顔になってしまった。下北沢の居酒屋でやったアコースティックライブに参加してから、酔った状態のSAKANAMONさんが愛おしくてしょうがない。もちろん普段も好きです。一緒に飲んだら絶対楽しそう。

 

主軸となっている「なぜ売れないのか」という問いかけには、少しばかり胸が詰まる。

「人とは違うって言われたかったんですよ。例えばぼくの歌っている曲って、陽の目の当たらない人たちへの応援歌なんですよね」

と、フロントマン・藤森元生さんがTENGAの社長さんに語るシーンがある。ただ、この理屈はたくさんの人に届かないことの言い訳にはならない、とあっさり論破されてしまう。なぜなら陽の目が当たらない人に限らず、みんなそれぞれ大なり小なり悩みを抱えて苦しんでいるからだ。当たり前のように。それはいわゆる『リア充』と呼ばれるような人たちであっても。応援を必要としているのは日陰者だけではない。それはきっとわたしたちファンにも全く同じことが言えて、『わかる人にだけ良さがわかればいいんだよ』は、逃げ道にはならない。より多くの人に伝わりやすい音楽が売れる。バズる。「売れる」とは、「売れたい」とはなんだろう?と観ながら改めて考え込んでしまった。

キュウソネコカミ・ヤマサキセイヤさんが釣り堀で言っていた「地元の友達の嫁のカーステで(曲が)流れてきたら売れてる」という表現が、あまりにも本質を捉えすぎていてさらに心抉られた。

 

でも同時に、「論破されたから、この映画でいろいろ話せたからこそ見えたものってこれだったのかな?」と、昨年4月のワンマンのMCを思い返していた。

1年下書きに突っ込んだまま完成できなかった書きかけの文章、ここで供養します。

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「これからもぼくたちはいい曲を届けて、皆さんは好きな曲を聴いているだけです!(笑)」と自信にあふれた様子で言ってくれるバンドを好きになれて本当に良かった。

森野氏「花色の美少女が各地で人気でびっくりした。客席のリアクションがあんまりない曲だから(笑)俺らの中ではそんなに人気ないのかと思ってた」

藤森元生くんさん「みんなフ〜ン(腕を後ろに組んでスカした感じ)みたいな顔で聴くから、またこの曲かよって思ってるのかと思った」 

このMCを経て思ったことがある。

好きなバンドのことは、積極的に語ったほうがよい。

好きな気持ちを、Twitterなりインスタなりはてなブログなりで、できる限り人目につく形で書き出したほうがよい。

少しでも誰かの目に止まるようにしたほうが、よりよい。

SAKANAMONの曲は、確かに昨今フェスで流行ってるような分かりやすくノれる曲ばかりじゃないかもしれない。

フロアも比較的静かで、盛り上がってるのかどうか正直かなり判別しづらい。(笑)

サークルもモッシュもダイブもまったく起きない。(モッシュはちょっとだけ起きるか?たまに…)

売れ線の曲を演るバンドではないかもしれない。

でも、生きづらい日々をどうにかこうにか試行錯誤しながら生きている人たちの根幹というか、核の部分に突き刺さって、ギプスみたいに支えてくれる曲ばかりだと私は思う。

このライブのいつもと違っていた部分は、「ファンの投票によってセットリストを決める」というところ。ツアーでまわった箇所ごとに投票上位曲を開示し、『この会場ではこの曲を絶対やりますよ!』と告知をしていた。新しい試みに心底ワクワクしていたのを覚えている。

このあとも今までやったことがない試み(例:居酒屋でのアコースティックライブ、1stワンマンをほぼ完全再現したライブ、各メンバーがセットリストを考案したツアー)が続き、ファンとしてとても楽しい1年を過ごさせてもらった。そして、新しい試みにチャレンジした理由が改めて映画を観てわかった気がした。点と点が線でつながっていき、伏線がどんどん回収されていくような感覚。ファンの声に改めて耳を傾けた結果、「売れるとは」「売れたいとは」という気持ちに自分たちなりに向き合ったであろう結果、そこから『今までずっといい曲をつくっている、これからもつくり続ける』といったふうに生まれた自信。頼もしすぎるMC、それが全ての答えなのかなあ、と個人的には感じた。

 

だからこそ、好きな人たちにより自信を持ってもらうために、好きな気持ちは積極的に発信したほうがよいなとこのときのMCで確信した記憶がある。から、この文章を(途中で挫折しつつも)書いた。

たかがファン、勝手に好きになっている身でおこがましいと思う気持ちは勿論なくもないが、『好き』をしたためることで、彼らの新たなチャレンジへの礎になれるならいくらでもしたためたく思う。書きながらはじめて気づいたんですけど、「したためる」って漢字にすると「認める」って書くんですね。些細なことかもだけどなんだかすごくグッときてしまった。積極的に好きを“認めて”いきたい。SAKANAMONは、陰キャとか陽キャとかの枠を取っ払って、日々を必死に生きているすべての人の生活の肴になってくれるバンドだと思うから。ファンが自分の好きな気持ちを認め、バンドが自分たちの良さを改めて認める。もしかしてこの上ない好循環なのでは?

ちなみにわたしは、このとき聴いた「リーマンビートボックス」という曲のおかげで前職からの退職を決意しています。誇張なしで。でもこの流れで言うとちょっと誇張っぽいな。余談です。

あと、このMCのことを頭の片隅でずっと覚えていて、SAKANAMONのライブのことを意識的にブログに書くようにしていた。去年。これとか。すげえいい記事だな(自画自賛

ribboncitron.hatenablog.com

 

新譜「LANDER」に、すごくすごく好きな「LIKES」という曲がある。

LIKES

LIKES

  • provided courtesy of iTunes

SAKANAMON LIKES 歌詞 - 歌ネット

誰かが大嫌いだって蔑もうが僕は好き

誰もが大顰蹙だって そうですか 僕は好き

誰かは関係ない何にせよ絶対僕は好き

世界が敵に回ったとしてもってそれは無いか

何かをひたむきに好きになる気持ちを、これでもかというくらい肯定してくれる曲。聴くたびにああ、好きだなあ、という気持ちが膨らんでいく。

生で聴いたら意味わからんくらい泣いてしまいそう。その日を待ちわびながら、さっき注文したツアーグッズと音源とともに引き続きステイホームする所存。