真夜中の洗濯機

長期記憶にするための覚え書き

方舟をはこぶね

いま好きな人の話をする。が、名前は一切出さない。本業のこともあえて匂わせない。なぜならエゴサーチによって本人の目に触れるのが心底嫌だからである。そんな話を鍵のついていないブログに綴ること自体矛盾しているけれど、普段は鍵アカウントでコソコソ呟いているので許してほしい。好きな人は、めちゃくちゃにエゴサ魔だ。息を吸うようにエゴサーチをしている。マイナス検索の術も会得していて震えた。たぶん多少の検索避けも何のそのなんじゃないかと思う。そうなると、絶対に検索の目から流れたくなる捻くれこじらせオタクことわたしは、どんどん公開アカウントで好きな人の話をしなくなってきた。その代わりに鍵アカウントで歪んだ愛情をぶち撒けまくっている。好きな人、潔癖なところも好きだ。いつもセットアップにシワひとつついてないところも好き。シャツなどのサイズ感が気に入らないときは即お直しに出すらしい。わたし、お直しとか出したこともないよ。着るものにちゃんとこだわれる男性にときめくのでさらに好きになった。冬の時期はマフラーの巻き方もきっちりしていた。あんなにきちんとマフラーを巻く人、ドラマや映画以外ではじめて見たかもしれない。とある動画で、ファンの女性からもらったであろうお菓子の空箱を作業スペースのすぐ近くに、手に取れるような場所に置いていたのにもグッときた。嬉しそうにカメラに映していたさまを今でも鮮明に覚えている(ていうかYoutubeで観られる)。承認欲求が満たされるからだろうか。他人の目を気にしすぎているところも好き。生きづらそうで。あと気持ちすごいわかる。好きな人、若林正恭さんのラジオでのトークを聞いて「俺と同じことを思っている人がいるんだ」と衝撃を受けたらしいのだけど、わたしはあなたの話を聞いて「わたしと同じことを思っている人がいるんだ」と同じように衝撃を受けたよ。好きな人よ。劣等感というか、嫉妬心を割とあけっぴろげに話すところも人間らしくて(?)好き。優れたアーティストや面白い人に比較的嫉妬しているイメージ。そしてそれをちゃんと原動力にしていそうなところも好き。ここまでくるとわたしの妄想の域に入ってしまうけれども。ラジオへの愛が喋り方から滲み出ているところも好き。何回かブログでも書いているけれど、好きな人はメール読みが天才的にうまい。リスナーから送られてくる、一見なんでもない内容のメールでも、好きな人の読み方ひとつで腹が捩れるほど笑えるメールに変わる。演技を生業にしている人ではないのに、メールを読んでいるとき、ラジオパーソナリティーとして振る舞っているときの好きな人はちょっとイタコっぽい。何かが確実に「降りてきて」いるのだ。あと、あのメール読みの天才的なうまさはラジオをずっと聞いているからこそ自然と出てくるものなのかなとも思う。好きこそものの上手なれ。本業とラジオどちらにおいても、好きな人を体現する言葉だと思う。あとはシンプルに顔と髪型がドンピシャ好きで、恋愛に奥手なところもぶっちゃけ普通にタイプだしグッときます。雑な締め方。最近はずっと家にこもっていて好きな人にお金を出せていないのがストレスなので、7月の福岡のフェスの通し券を買った。完全にノリ。絶対行きたいので絶対開催してほしいし、夏までにはふつうの日常が戻ってきていてほしいなと切に願う。福岡で死ぬほど酒飲むまで死ねんのじゃわしは。