どうみてもポメラニアン

長期記憶にするための覚え書き

生きづらい女、「ナナメの夕暮れ」を読む

生きづらい。

他人の目がずっと気になる、と思いながら24年間ずっと生きてきた。

中学時代なんてもう生きづらさが天元突破していた。

目には見えないが確かに存在する(と、思い込んでいた)スクールカーストに耐えられず、仮病を駆使して保健室登校を繰り返し先生とマジで揉めたりしていた。

自分ひとりの力だけだとあまりにも生きづらいので、声優やアイドルの追っかけに興じてみたり、マッチングアプリに没頭してみたりもした。

今はバンドのライブに通っている。

生きづらさからほんの少しだけ逃避はできているかもしれないけど、根本的な解決には至っていなかった。

 

そんな中で、年始に読んだ「ナナメの夕暮れ」がすごく響いた。

ナナメの夕暮れ

ナナメの夕暮れ

 

 オードリー・若林正恭さんのエッセイ集。

ずっと買えてなかったので、年始の景気付けに手に取ってみた。

 

この本の中では、他人の目を気にし続けて生きる若林さんが、他人の目を気にせずに日々を楽しむ人に憧れそれを目指してきた結果・『自分探し』が決着するまでの軌跡が描かれている。

その中の『ナナメの殺し方』という項に、生きづらさを解消してくれるヒントが散りばめられていた。

 

昔から言っているのだが、他人の目を気にする人は"おとなしくて奥手な人"などでは絶対にない。

心の中で他人をバカにしまくっている、正真正銘のクソ野郎なのである。

その筆頭が、何を隠そう私である。 

他人への否定的な目線は、時間差で必ず自分に返ってきて、人生の楽しみを奪う。

 

思い当たる節があまりにも多すぎて、文字を追っていながら喉元に何かが上がってくる感覚さえ芽生えた。

高校時代、文化祭のステージに勇気を出して立ったクラスメイトを冷めた目で眺めていた時。

大学時代、一生懸命に作品制作に打ち込んでいる人たちを「なに熱くなってんだろう、ダサいな〜」と嘲笑っていた時。

今までの人生が走馬灯のように流れてきた。

そうか、この生きづらさは全部自分に返ってきたものなのか。

 

この生きづらさ、『生きていて全然楽しくない地獄』から解放されるため、若林さんは「肯定ノート」を作った。

自分の好きなことを、どんな些細なことでも書き込んでいくノート。

すると、ノートを作る前は気づかなかった「花火が好き」「馬に乗るのが好き」という意外な趣味が見つかったという。

若林さんは『30歳半ばの人間がこんなことをしているのは恥ずかしい』と書いていたけれど、

そんなことはない。幾つになっても自分の内面にきちんと向き合って、ダメなところを改善しようとするの、なかなか真似できないしめちゃくちゃカッコいいと思う。

しかも、こういう誰にでもできて手間がかからない方法で打開しているのもまたカッコいい。

明日、仕事帰りにちょっと良いノートとペンを買って早速試してみよう。

 

好きなことがあるということは、"世界を肯定している"ことになる。

だから逆に、なんでも否定ばかりしている人は"世界を否定"していることになるから、生きているのが辛いのだ。

 

 目から鱗の発想だったし、今まで頭の中にあったモヤモヤがスッと晴れていくような感覚が確かにあった。

 

この後、若林さんは『自分探し』に決着をつけている。

その過程や、他のエッセイもとても面白かった。

(個人的には『2009年のぼくと』『お悩み相談』『いいね!と草野球』が特に好きだ)

 

生きづらい人、他人の評価に怯えながら生きている人、日々を明るく楽しく生きている人が妬ましい人、ネガティブ思考から抜けられない人はぜひ読んでみてほしいなと思う。

これ、文庫版出たら文庫版でも買いたいな。常に仕事用のカバンに入れといて、上司に詰められて落ち込んだ時とか、同期に冷たくされて死にたくなった時とかに読みたい。

別に殺されるわけでも死ぬわけでもないんだから、他人の目なんて気にしなくたって大丈夫だ、って自分を奮い立たせるために。

文庫化待ってます。